地域性苗木について

森の多様性をつなぐために

 今、地域の森では、山奥でも、里に近い雑木林などでも、木々の下やまわりに生える草花や若い木が、とても少なくなっています。草花があってもその種類は少なく、限られた種類のものしか見ることができません。これは増えすぎてしまったシカが草花や木の芽を食べてしまうことが大きな原因です。こういった獣による被害は30年ほど前から発生しており、誰もが悩まされている全国的な課題ですが、まだ有効な解決方法が見つかっていません。ここ30年ほどで、木々の足下には次世代を担う若い木が育たなくなり、草花の種類はみるみる少なくなり、森や里山の生物多様性の減少が進んでいます。
 加えて、時代の流れの中で森や林業への関心が薄れ、伐採跡地に新たな植林がされずに荒れ地となったり、台風などの被害で荒れた森林に適切な保全が行われないなど、前の世代が残してくれた命あふれる豊かな森は、私たちの世代に大きく失われつつあります。

一見、豊かに見えるが、足下には同じ草花しか見られない

 そこで私たちは森の多様性を守る1つのアプローチとして、地域の植生を引き継ぐ「地域性苗木」による森づくりをはじめました。伐採跡地で新たな森づくりをする際、もともと地域にある様々な樹種の苗木(地域性苗木)を植林し、シカの食害にあわないように獣害対策を行います。地域性苗木は、地域の森の木から種を拾って育て、地域の植生・DNAを次世代に引継ぐものです。保育・維持管理作業では、現地をしっかり観察し、植林した苗木以外の、自然に種が落ちて生えてきた若い木々も一緒に自然に育つように配慮した整備を行います。

 これまでの木を植える活動は、苗木の出生や地域性にはこだわらず、どこかから取寄せた同じ樹種の苗木を植えることが多かったのかもしれません。森づくりの目的によっては、単一の樹種を植えて林業として持続可能とすることが良い場合もあると思います。しかし、それは一方で、その土地固有の生態系を損なっている場合があります。新しい森づくりをはじめる際には、地域の生物多様性を次世代へつなぐ「地域性苗木」をご検討いただけたら幸いです。

生物多様性をつなぐ森づくり事例紹介

台風の被害地を再生する森づくり(NPO法人結びめ)

 近年の台風の強風などにより、森ではたくさんの倒木被害があります。森林所有者は人家や道路、田畑などに木が倒れた場合は応急の災害復旧を行い、その後、森の中の倒木処理を行います。しかし災害跡地の新しい森づくりまでは手が回らず、林地残材とともに放置されて荒れ地と化している場所も見られます。NPO法人結びめでは、災害跡地に多様な地域性苗木を植え、地域の植生を回復する森づくりを行っています。イベントやボランティア活動を実施すると、都市部や地域内から関心のある人が参加してくれます。最近では、企業のボランティア休暇を利用して来られる方や、ビジネスとの連携検討とリフレッシュを兼ねて来られる企業の方も居られます。

地域の山主さんの新しい森づくり(株式会社エーゼログループ)

 伐採時期を迎えたスギ・ヒノキを伐り出し、販売された山主さんは、次の50年にどのような森づくりを行うか検討されます。これからの50年、自分や子どもがどのように森を維持管理し、50年後、孫や曾孫世代のためにどんな森を残したらよいか検討される中で、多様な地域性苗木による森づくりを選ばれる方も居られます。これまで人工林として針葉樹を生産されてきた森を、林業経営をやめて自然の森に戻すという選択です。これまで単一の針葉樹が生えて真っ暗だった森は、明るく多様な広葉樹の森に変わります。時代や価値観が変化する中で、未来の世代のために何を残すのか、山主さんひとりひとりが未来に向き合っています。

高島市の地域の防災対策の森づくり(高島市森林組合)

 高島市内の森林のある地域では、台風や大雪などに見舞われると、倒木などにより、重要なインフラである主要な道路が封鎖され、集落が孤立したり、長期の停電が続くなど、市民生活に甚大な影響が発生します。このような被害を未然に防止するため、計画的に道路や電線周辺の高木となった杉を伐採し、倒木被害の危険性の少ない中低木の植林が進められています。植林するのは地域の森の種から育てられた地域性苗木です。将来的に被害を防止しつつ、より自然に近い森となるよう、多様な低木~小高木の苗木を樹種を選定して配置し、確実な管理をするために、植林事業者と丁寧に連携して進めています。

林業家による未来へつなぐ森づくり(株式会社エーゼログループ)

 近年の台風の強風などにより、森ではたくさんの倒木被害があります。森林所有者は人家や道路、田畑などに木が倒れた場合は応急の災害復旧を行い、その後、森の中の倒木処理を行います。しかし災害跡地の新しい森づくりまでは手が回らず、林地残材とともに放置されて荒れ地と化している場所も見られます。NPO法人結びめでは、災害跡地に多様な地域性苗木を植え、地域の植生を回復する森づくりを行っています。イベントやボランティア活動を実施すると、都市部や地域内から関心のある人が参加してくれます。最近では、企業のボランティア休暇を利用して来られる方や、ビジネスとの連携検討とリフレッシュを兼ねて来られる企業の方も居られます。

竹生島の植生を復元し、生態系を維持する森づくり(松居農園株式会社)

 平成8年頃、琵琶湖八景のひとつの竹生島(滋賀県長浜市)が、異常繁殖した水鳥のカワウの影響により島の植生が壊滅的な状況になりました。松居農園はその植生復元について相談を受け、平成8~13年、島に自生するタブノキ、スダジイ、クスノキの種子を採取・育苗を行いました。昔からその地域で育ち、その地域の地形・気候に適した自生種・郷土種に特化した生産事例は当時全国でもあまり無く、今でも「地域性苗木」の生産ノウハウを持っているのは日本でも数社しかないといわれています。生態系の維持はこれからの重要な課題です。今現存する自然(個体)をできるだけ変化させずに未来へ引き継ぐために、実績を重ねていきたいと考えています。